これは、ヤフオクで叩き売りされていたかわいそうな「経理コンピュータ OAくん」が辛く厳しい試練を乗り越え立派なPC-1600Kシステムへと更生してゆく姿をとらえた、感動のドキュメンタリーである。
2008年。私はいつもの通りヤフオクでジャンクを漁っていた。しばらく前から「PC-1600KDX 経理コンピュータ OAくん」がそこにいることは知っていた。どう見てもPC-1600K+CE-1600P+CE-1600Fである。PC-1600Kといえば孤高のポケコン(本当はポタコン)、驚異の¥69,800。そのフルセットだ。垂涎とはこのこと。しかし私はPC-1600Kを使ったことはないし、あまつさえ「ジャンク扱!」「電源を入れるとエラーが表示されて電卓としてしか使えません」とあっては手が出なかったのである。ところがその日、春風に吹かれて良い気分になっていた私は、こいつを身請けしようと思い立ってしまった。ちょうど「PC-1600Kデータブック」も売りに出されており、機械と資料を同時に入手できる良い機会だったのだ。
いくばくかの金銭と引き換えに、OAくんはデータブックと前後して私の手許にやってきた。
OAくんは、PC-1600KとCE-1600PおよびCE-1600F、CE-1625Mその他からなる、経理処理システムらしい。右の写真が私が入手したもので、シールを剥がした後の状態である。頑丈なアタッシュケースに入ったセットだ。そこにはEA-160とポケットディスク10枚ほども入っていた。またPC-1600KのS1スロットにはCE-1625Mが、S2スロットにはCE-1600Mが装着されている。なかなか贅沢だ。
実はこの「ポケットディスク10枚」は大変なおまけなのである。ヤフオクで見る限り過去CE-1650F(ポケットディスク10枚セット)は数えるほどしか出品されていないが、未開封10枚セットで10,000円程度の値がついている。ポケットディスクはすでに供給されていない消耗品だから貴重だ。確かにPC-1600KはRS-232Cを持っており少々の装備でシリアルポート経由でPCなどを外部記憶装置として利用することができる。とはいえやはりそれはファイルシステムではないので、自由度はポケットディスクの方が格段に高い。
写真でもわかるがプロッタプリンタCE-1600Pの交換用ペン先が入っているのもポイントが高い。こちらもすでに供給されていないようだ。経理用ということで黒と赤しかないが、それでも印刷ができるのは心強い。黒のペン先(4本セット)やカラー4色のペン先(同)は1パック1,000円以上の値が付いている。
CE-1625Mは32KB EPROMモジュールであり、ここにプログラムが入っているようだ。CE-1625Mを装着してONするとERROR 27 IN 10となる。ARUNしている様子。当然というか、PASSがかかっているわけでもない(PROモードにはできる)のにリストは見られない。そこでCE-1625Mを取り外してコールドスタート([ON]を押しつつ裏面RESET)すると、普通にPC-1600Kとして起動した。
外装を直す
PC-1600K本体のSHARPロゴの下にはOAくんのロゴシールが貼ってあるので剥がす。接着剤が意外に強力でベトベトが取れない。焦って激落ちでこすると本来の印刷まで剥げてしまう。ここはエナメルリムーバー(除光液)で落とすが吉。ついでにCE-1600Fの蓋に貼ってあるシールも剥がす。こちらは綺麗に剥がれた。CE-1600P上のロゴ「PC-1600KDX 経理コンピュータ OAくん」は印刷されているので除光液は効くまい。こちらは後日激落ちということにしよう。
外装ついでに小さな難点がある。PC-1600Kの60ピン拡張コネクターの蓋がない。CE-1600Pにドッキングした形で売られていたからだろうか。そこでCE-1600Pの左側面にある60ピン拡張コネクターの蓋を取ってPC-1600Kに付けた。が、この蓋はCE-1600Pの色であり、明るい灰色だ。PC-1600Kの側面は濃い茶色なので、ちぐはぐである。仕方あるまい。PC-1501のジャンクでも入手すればよいのかもしれない。
さらに言えば、S1およびS2スロットの蓋もない。これはそれなりのメモリーモジュールを入れておけば良いので、別途CE-161を調達し(本当はCE-1600Mが良かったけれど)装着して済ます。CE-161の内蔵バッテリーは消耗していたが、分解してCR-2032(タブ付き)を交換。タブの仕様が特殊だったので結局ジュンフロン線でつないだ。
電池室を直す
乾電池駆動の中古品は、しばしば電池収納部に問題を抱えている。アルカリ電池からの液漏れと端子の腐食だ。OAくんもその例に漏れず、乾電池の端子(バネになっている部分)が腐食し、粉が散っていた。清拭し、問題の端子は外して、市販の乾電池ボックスから取り外した端子をラジオペンチでそれっぽく加工してはめる。いい感じだ。
プリンターを直す
CE-1600Pは稼働するが、問題が二つ。(1)充電池がほぼ死んでいる。(2)プロッターのペンが死んでいる。(1)は単3形のNiCd二次電池(1.2V)を5本買ってきて適当に直せばよいので(ただし収納形状が特殊)後回し。(2)はオークションを気長に漁ることにする。当座のペンはあるし。
ヤフオクとeBayを監視していたところ、eBayでEA-850BとEA-850Cをある程度まとめて売りに出している人がいた。一応Ship to: United Statesとなっていたが、あえて日本に送れるかと尋ねたところYesとのこと。強気でbidし落とした。これでペン大尽である。水性のペンは干上がることもあるだろうが、EA-850B/Cは一応個包なので心配しないことにしよう。これで当分困ることはあるまい。
ディスクドライブを直す
CE-1600Fは電源が入るが駆動音がしない。仕方なく分解してみると案の定駆動用ゴムベルトが伸びきっている。そこでこれを適当な輪ゴムに交換する。とりあえず無事に稼働し、書き込み・読み出し共に正常に行えた。
だが、輪ゴムは所詮輪ゴムだ。後日また稼働しなくなった。そこでプーリーベルトを探してみたが、なかなか小分けで小売りしているところはないようだ。さすが秋葉原というべきか、千石電商は小売りをしている。1本100円だ。そこで伸びきったプーリーベルトを切断して長さを測ってみると204mm程度、幅と厚みは各1mm程度ある。ということはおよそ⏀65mmである。⏀60〜70mmあたりでいくつか用意したいところだ。これが通販では売られていない。
試しに千石電商の店頭へ行ってみると、1本ずつのバラ売りでは通販と同じ種類しかなかったが、色々なサイズをまとめ売りする商品がある。⏀20〜40mmの20本セットと、⏀41〜80mmの20本セットがある。どちらも2,000円ほどだ。このうち1本しか実際には使わないわけだから、1本100円で買えてもおかしくないものを20倍の値段で調達することになる。悩ましい。しかし選択肢もないようだし他のベルトは捨てずにおけば役立つこともあろうと踏んで(そんなことは滅多にないのだが)、思い切って購入する。
※あとでヤフオクで調べるとプーリーベルトの小売りを1本400〜500円程度で行っているところもあった。
早速現物合わせで試してみると、⏀66mmのものが緩すぎない程度で良いようだ。⏀64mmかもしれない。というのは、個々のベルトにはサイズなど書いていないので、どちらを使ったのかわからないのだ。パッケージにも書いてあるように若干の寸法誤差はあるものだから、細かな差にこだわっても仕方ない。ただ長さが1mm違っても張りはだいぶ変わるから、できれば前後のサイズも準備しておいて交換した方が良いだろう。
こうして、CE-1600Fは無事に再生した。
ポケットディスクは1面64KB(裏返して2面使えるのだ)の2.5インチフロッピーディスクである。というと「中身はQDだろ」とツッコミが来そうだが少なくともPC-1600Kではランダムアクセスが可能なのでQDとは異なるとしか言えない。CE-140Fを使った場合はQDと一緒でシーケンシャルアクセスしかできないそうだ。これがCE-140Fのハードウェアの制限なのかPC-1280/1360(K)/1460/E500のソフトウェアによる制限なのかは知らない。ただポケットディスクのメディア自体の制限ではないということは明らかだろう。64KBでランダムアクセスして嬉しいかどうかはまた別の話。ちなみに1セクター=512バイトだ。
さて、OAくんには取扱説明書がない。これは中古品の宿命と言ってもよいが、もともとOAくんは業務用システムであるから、電源の入れ方なんぞが書いてある取扱説明書は付属していたとしても、BASIC言語の説明書は付いていなかった可能性もある。当然と言うべきか、手許に来たときは経理システムとしての説明書も付いていなかった。
※一体、中古品の取扱説明書が手に入らないことほど腹立たしいことはない。取扱説明書は著作物(著作権法による保護の対象物)だろうか。などと書くと中学生のような人が得意げに鼻をピクピクさせながら頼まれもしないのに居丈高に罵詈雑言を浴びせるのが残念ながら昨今の流行だが、それは無視する。個別の判断はそれなりにせねばなるまいが、取扱説明書が思想又は感情を創作的に表現したものだとも学術的な性質を有する図面、図表だとも思えないし、そんなものであっても困るし、METIのサイトでも著作物たり得ると書いてあるだけで断定はしていない。これは当然で、仕様の表記やボタンの押し方の説明には保護に値する思想や感情はないし、APIの呼び出し方法などは規約にあたるものでしかないからだ。だからもう取扱説明書は著作物ではないし著作権法の保護対象ではありませんよとはっきり決めた方がいいのではないかと思う。ただ私もたとえばAI-1000の取扱説明書の前文(はじめに)にある文章などはその部分だけ取れば立派な著作物だと思うし、第3章(Lisp入門)から第4章(Lispプログラミング)までは教本なので著作物に違いないと思う。しかしたとえばdefunの呼び出し方法の説明や使い方の例題と解説についてはもはや著作物ではあるまい。著作物と非著作物が1冊にまとめられてしまうとその編成について著作権を認める立場があるから全体が著作物になるという論理自体はわかる。それだけに、非著作物部分は明確に分離して扱いやすくしてほしいものだ。特に著作権法は一般人の感覚と業界人の感覚が大きくずれていて権利者による運用も多分に恣意的であるから厄介だ。それにメーカー自身が取扱説明書を永続的に供給することも現代では十分可能なのだから、リサイクルとかなんとか言うのであれば廃番品の取扱説明書も供給してほしいものだ。もちろん有料でもかまわない。このあたり、旧IBM製品やHP製品で現在も説明書やドライバが電子的に供給されているのを見ると、日本のメーカーの器量に泣けてくる。ただ日本のメーカーも海外ではもっと積極的な展開をしていることもある。日本の消費者が馬鹿にされているというのもあるだろうし、法整備の違いから日本では積極的になりづらいという事情もあるのだろう。
さて、PC-1600の取扱説明書は、ネットを漁ってもドイツ語版しか入手できない。私にはせめて英語版でないと厳しい。CE-1600Pについては英語版の取扱説明書(画像PDF)が入手できる。幸い、後日またしてもヤフオクで日本語版のPC-1600Kの取扱説明書2冊組を入手することができた。天に感謝。